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滲み出すのは「在り方」── 非効率な時間は、仕事に何をもたらすのか

【課題781】
意味はなくても、歩みは遅くても、やり続けるべきことは何か。自分なりの考えをまとめてください。

効率や成果を求められる日々の中で、私たちはいつの間にか「物さし」を一本しか持たなくなってはいないでしょうか。

「それは、何の役に立つのか」
「それをして、何の意味があるのか」

目の前の出来事を、その物さしに当てはめて、収まりの悪いものを切り捨てていく。
そうすることで、確かに生活は整い、無駄はなくなっていくのかもしれません。

けれど、その効率的な日々の隙間で、ふと正体不明の「息苦しさ」を感じることはないでしょうか。

もしかしたら、人生において本当に大切なものは、その機能的な物さしでは測れない「意味の外側」に静かに佇んでいるのかもしれない。

今日は、そんな「意味のなさ」や「歩みの遅さ」を、あえて手放さずに持ち続けることについて、考えてみたいと思います。

この記事の視点
「意味」は、あとから輪郭を持ち始める

効率や成果という今の「物さし」を手放したとき、初めて見えてくる価値について。

「自分らしくいられる時間」を灯台にする

数値化できない曖昧な感覚こそが、自分という人間の輪郭をかたちづくっていくということ。

未来の自分への、小さな約束

たとえ結果として意味がなかったとしても、歩みを止めなかった自分を、未来の自分はどう見つめるのか。

この記事は、意味が見えない行動を続けることの価値について、セールスパーソンおよびビジネス指導者としての立場から、自身の思考を整理し共有するものです。

目次

意味は、あとから生まれるものかもしれない

「それは、何の役に立つのか?」

仕事や日常のなかで、私は無意識にこの問いを自分に投げかけていることがあります。
時間は有限であり、無駄を削ぎ落とすことは、プロフェッショナルとして、あるいは一人の大人として「正しい」ことのように思えるからです。

しかし、その正しさを突き詰めようとするほど、どこかで自分の「余白」が削られていくような、乾いた感覚を覚えることも事実です。

そもそも「意味」というものは、最初からそこに用意されているものなのでしょうか。

今でこそ「あの経験が必要だった」と振り返れることも、10年前の渦中にいた自分にとっては、ただの遠回りにしか見えていなかったはずです。
当時は価値など分からず、ただ懸命に、あるいは迷いながら足を進めていただけでした。

そう考えると、「今、意味が見えない」という一点だけでその手を離してしまうのは、まだ見ぬ未来の自分への可能性を、少し早く切り捨てすぎているのかもしれません。

「自分らしくいられる時間」という基準

意味が見えない暗闇のような時間のなかで、何を灯台にすればいいのか。

最近、私の中にひとつの小さな基準が浮かんでいます。
それは、成果や効率ではなく「それをしているとき、自分が自分でいられるかどうか」という、ごく個人的な感覚です。

誰かに評価されるためでも、何かの数字を伸ばすためでもない。
それでも、その時間の中にいるときだけは、どこか心が静かで、無理な力みが抜けている自分がいる。

私にとって、そのひとつが保護猫への支援です。
正直に言えば、それが社会に対してどれほどのインパクトを与えているのか、確かなことは分かりません。
私にできる支援の形も、大海の一滴のような、ごく小さなものです。

それでも、その行為に触れているとき、ざわついていた心がほんのわずかに整っていくのを感じます。
誰かに誇れるような立派な理由があるわけではなく、ただ、その時間の中での「自分の在り方」が、自分にとって腑に落ちている

重要なのは、外側にある「意味」を探すことよりも、内側にある「その瞬間の自分がどう在れているか」という手触りなのかもしれません。

この感覚は曖昧で、誰かに説明したり、数値で証明したりすることはできません。
けれど、長い年月を経て自分の「輪郭」をかたどっていくのは、こうした目に見えない小さな感覚の積み重ねではないかと思えてならないのです。

未来の自分に対する、小さな約束

もう一つ、静かに自分に問いかけてみたいことがあります。
「未来の自分が、今の自分をどう感じるだろうか」という視点です。

今はまだ、その価値も正解も分からなくていい。
けれど、10年後、20年後の自分がふと振り返ったとき、
「あのとき、歩みを止めないでいてくれてありがとう」
そう思えるものは、一体何だろうかと想像してみるのです。

効率や短期的な成果を追い求めているとき、この問いはどこか遠くに追いやられてしまいます。
むしろ、人からは遠回りに見えたり、誰からも評価されなかったりすることの中にこそ、未来の自分へ贈る「種」が隠されているような気がしてなりません。

そして、興味深いことに、その歩みを支えるのは、自分自身のためだけではないのかもしれません。

私たちは、自分のためだけだと、どうしてもどこかで折れてしまうことがあります。
けれど、「いつかどこかで、この経験が誰かの光になるかもしれない」という、糸のように細い可能性を感じられたとき、不思議ともう一歩だけ踏み出せる。

それは確信ではなく、淡い期待のようなものでいいのだと思います。
その可能性を完全に否定せず、手のひらでそっと温め続ける。
それだけで、孤独に見える行動に、静かな持続力が宿り始めるのではないでしょうか。

意味のなさが、在り方をつくる

意味があるかどうか分からないこと。
続けても、何かが変わる保証などどこにもないこと。

そうした行為に時間を割くことは、合理的な社会のなかでは、ひどく非効率で遠回りに見えるのかもしれません。

しかし、その一見「無駄」に思える積み重ねこそが、実はその人の「在り方」を、最も純粋にかたちづくっているように思うのです。

誰にも見られていない場所で、何を選び、何に心を寄せ続けているのか。

損得を超えたところで積み上げられた時間は、その人の「輪郭」として、静かに、けれど確実に滲み出していきます。

そしてその輪郭は、やがて仕事や人間関係のなかにも、言葉にならない「深み」として現れてくるのではないでしょうか。

効率だけを追い求めていては決して辿り着けない、言葉の重み。
直接的な成果とは無縁の場所で過ごした時間が、大切な人との向き合い方や、提案の奥に潜む「誠実さ」を支えてくれる。

だからこそ、「意味がないかもしれないこと」を慈しみ、手放さないでいることは、結果として、自分にしか出せない「価値」へと繋がっていく。

最近は、そんな風に感じています。

自分自身への問いかけ

「これは何の役に立つのか」と、自分を急かしてしまう夜もあります。

けれど同時に、「これを続けている自分を、未来の自分はどう見るだろうか」と、静かに問い直してみる。
その二つの問いのあいだで揺れながら、私たちは自分なりの「答え」を少しずつ形づくっていくのかもしれません。

もしかしたら、長い時間をかけて歩み続けた結果、結局は何の意味も持たなかったと分かる日が来るかもしれません。

でも、たとえ意味がなかったとしても、それはそれでいいじゃないですか。
人より歩みが遅く、遠回りばかりだったとしても、いいじゃないですか。

意味があるかどうか分からないものに、それでも心動かされ、手を伸ばし続けた。
その「純粋な時間」そのものが、他の誰でもない、あなたという人間の尊い輪郭になっているはずです。

私自身、まだ十分には分かっていません。
これからも「これでいいのだろうか」と、迷いながら歩み続けるのだと思います。

それでも、効率の物さしでは測れない「何か」を、静かに持ち続けていたい。
その積み重ねの先に、どんな自分が立っているのかを、ただ見つめてみたいのです。

あなたが、意味や効率を手放してでも、大切に守り続けたいと思えるものは何でしょうか。

そしていつか未来のあなたが、今のあなたを振り返ったとき。
どんな言葉を、かけてあげたいと思うでしょうか。

まとめ

この記事の要点
  • 意味は最初からあるものではなく、後から見えてくる可能性がある
  • 続ける基準は「役に立つか」ではなく「自分らしくいられるか」
  • 意味のなさに耐えて続けた時間が、やがて在り方や仕事に滲み出る

もっと深めるためのメモ

「やめること」との対比から考えてみる

意味が見いだせないとき、それでも続けるべきものと、やめるべきものは何が違うのか。

「他者との関係性」から考えてみる

自分にとっては意味が見えない行動が、他者にとっては意味を持つことはあるのか。

「習慣」という視点に落とし込んでみる

意味があるか分からないことを、続けられる人と続けられない人の違いは何か。

「時間軸」をさらに引き伸ばしてみる

30年後、50年後の自分から見たとき、今の自分に何を残してほしいと思うものか。

「自己満足」という言葉を問い直してみる

“自己満足”と呼ばれる行動は、本当に価値が低いものなのか。

「優しさ」という軸で再定義してみる

意味があるかどうかではなく、「優しさ」で行動を選ぶとしたら、何が残るのか。

「ビジネスへの滲み出し」を主軸にしてみる

私生活で積み重ねた“意味のない時間”は、どのように仕事に滲み出てくるのか。

「不安」との関係から考えてみる

意味が見えないことを続けるとき、人は何に不安を感じているのか。

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この記事を書いた人

このサイトは、ビジネスの課題について思考を深めるノートです。
生命保険営業の現場経験と、業界を越えたビジネス指導の視点から、
正解のないビジネスの課題について考えています。

【好きなもの】猫、温泉、クロワッサン

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