【課題3960】
なぜ私たちは、「頑張ります」という言葉でその場を凌ごうとするのか。自分なりの考えをまとめてください。
「次はどうする?」
そう問われたとき、私たちはつい「頑張ります」という言葉を手に取ってしまいます。
相手を落胆させず、自分も否定しない。その場を穏やかに収めてくれる、とても便利で優しい言葉です。
しかし、その一言を口にしたあと、胸の奥に小さな違和感が残ることはないでしょうか。
「頑張る」と言った瞬間、今の自分はその課題を解決する責任から解放され、それを「未来の自分」へと丸投げしてはいないか。
私自身、営業の現場でこの言葉に何度も守られ、そして何度も足を止めてきました。
便利な言葉という「逃げ場」を手放したとき、私たちはどう立ち振る舞うべきなのか。
曖昧な決意の裏に隠れた本質について、静かに考えてみたいと思います。
- 「頑張ります」という言葉が持つ、逃げ場としての安心感
-
関係性を壊さず、その場の空気を整える便利さの裏で、本来向き合うべき課題から無意識に距離を置いてしまう心の構造について
- 言葉による責任の「先送り」と、伸び悩みの関係
-
具体的な選択を避け、未来の自分に期待を預けることが、結果として今の自分の歩みを止めてしまうのではないか、という問い
- 「頑張る」の代わりに、今の自分が引き受ける最小の選択
-
曖昧な言葉を一度手放し、小さく限定された「一点」を選ぶ
その積み重ねが、在り方をどう変えていくのか
この記事は「頑張ります」という言葉の意味について、セールスパーソンおよびビジネス指導者としての立場から、自分の在り方を整理し共有するものです。
「頑張ります」のあとに残る違和感
「頑張ります」と口にしたあと、自分は本当に前に進んでいるのだろうか。
それとも、その場を静かに終わらせるための言葉を選んでいるだけなのだろうか。
営業という仕事をしていると、この言葉を使う場面は意外と多いものです。
たとえば、面談が終わったあと。思うような手応えがなかったとき。
あるいは上司や指導者からフィードバックを受けたとき。
「次はどうする?」
そう問われたときに、「頑張ります」と答えた経験は、決して少なくないはずです。
私自身、伸び悩んでいた頃、この言葉に何度も助けられてきました。
答えきれない問いに対しても、この一言があれば、その場を収めることができる。
相手の期待を裏切らず、自分も否定しなくて済む。
だからこそ、この言葉にはどこか安心感があるのだと思います。
便利さの裏にある、曖昧さ
「頑張ります」は、とても便利な言葉です。
関係性を壊さず、その場の空気を整えることができる。
営業という対人の仕事において、この役割は決して小さくありません。
ただ、その便利さの裏には、少しだけ曖昧さが潜んでいるようにも感じます。
「何を、いつまでに、どのようにやるのか」
そこは語られないまま、「これからの自分」に委ねられていく。
面談でうまくいかなかった理由も、上司から指摘された改善点も、すべてが“これから頑張る自分”に引き渡される。
その瞬間、今の自分は何も引き受けていないまま、その場を離れてしまっているのかもしれません。
「頑張らない」という言葉が残すもの
ピアニストの田中希代子さんは、こんな言葉を残しています。
「頑張ります」って言葉、
今、とてもはやりで
とても便利ですよ。
だけど私、頑張らない。『「あのひとこと」知ってるつもり?!ことばのアンソロジー』より引用
初めてこの言葉に触れたとき、少し戸惑いがありました。 「頑張らない」という言葉は、どこか後ろ向きにも聞こえるからです。
けれど、時間をおいて考えてみると、この言葉の持つ意味はまったく逆なのではないかと感じます。
「頑張ります」と言うことで未来に逃げるのではなく、今の自分ができることを、そのまま引き受ける。
曖昧な言葉に頼らず、その瞬間の自分で立つ。
そんな在り方を示しているようにも思えるのです。
伸び悩むときほど、言葉に逃げたくなる
結果が出ていないとき、人は少しずつ自信を失っていきます。
周囲との比較、期待とのズレ、思うようにいかない現実。
そうした中で、「次はどうするのか」と問われることは、時に重たく感じられます。
本当は、どうすればいいのか分かっていない。
あるいは、分かっていても、それをやり切る自信がない。
そんなとき、「頑張ります」という言葉は、ちょうどいい距離感をつくってくれます。
はっきりと約束するわけでもなく、かといって逃げるわけでもない。
その“中間”にいられる安心感が、この言葉にはあるのだと思います。
ただ、その安心感にとどまり続けることで、本来向き合うべきものから、少しずつ距離ができていく。
それが、伸び悩みの状態を長引かせている一因なのかもしれません。
「今を引き受ける」ということ
では、「頑張ります」と言わないということは、どういうことなのでしょうか。
それは、特別なことをするというよりも、今の自分が何を選ぶのかを曖昧にしない、ということなのかもしれません。
たとえば、面談がうまくいかなかったとき。「頑張ります」と言う代わりに、「次はこの一点だけ変えてみます」と言ってみる。
上司からの指摘に対しても、「頑張ります」ではなく、「まずはこれをやってみます」と言葉にしてみる。
それは決して大きなことではありません。
むしろ、とても小さく、限定された選択です。
ただ、その小ささこそが、「今の自分が引き受けている」という感覚につながるのではないでしょうか。
言葉ではなく、在り方が問われている
もちろん、「頑張ります」という言葉そのものが悪いわけではありません。
人との関係を円滑にするために、その言葉が必要な場面もたくさんあると思います。
ただ、その言葉を使うときに、自分がどこに立っているのか。
そこに無自覚でいることには、少し違和感が残ります。
自分は今、何を引き受けているのか。
あるいは、何を先送りにしているのか。
その問いを持つこと自体が、在り方に少しずつ変化をもたらすのかもしれません。
いつでもできるというものではないと思います。
でも私は「頑張る」という言葉に頼るのではなく、今の自分の選択や行動で語れるようでありたいと思っています。
言葉で未来を保留するのではなく、今の自分で立つ。
その積み重ねが、結果として流れを変えていくのではないか。
そんなふうに感じています。
まとめ
- 「頑張ります」は場を整える一方で、責任を未来に預ける曖昧さを持つ
- 伸び悩むときほど、その言葉に逃げ込みやすい構造がある
- 小さくても「今の自分が引き受ける選択」が在り方を変えていく
併せて読みたい一冊
『あのひとこと 知ってるつもり?!ことばのアンソロジー』
さまざまな人物の言葉を通して、「言葉が持つ力」と「言葉の裏にある思考」に触れられる一冊です。何気なく使っている言葉を見つめ直すきっかけになるかもしれません。
もっと深めるためのメモ
- 私たちははなぜ、“やります”ではなく“やっている状態”をつくれないのか
-
今回の「頑張ります」が未来に逃げる言葉だとして、「今に立つとはどういうことか」を考えてみる。
- やると言うこと
- やっている状態であること
などを深掘りしてみる。
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- まだやっていないのに、やろうとしていることで納得してしまう
- その状態をどこかで肯定してしまう自分
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