【課題011】
企画書を作るときには、どこからつくっていかなければならないか。自分なりの考えをまとめてください。
企画書を作るとき、多くの人は自然と「1枚目」から作り始めます。
タイトルを書き、背景を書き、課題を書き、そして提案へと進んでいく。
それはとても自然な作り方です。
しかし、あるとき私はふと疑問を持つようになりました。
企画書は、本当に一枚目から作るものなのでしょうか。
営業の現場でさまざまな資料を作ってきた経験の中で、私は少し違う考え方を持つようになりました。
それは、企画書の構造を考えるとき、まず最後の一枚を思い描くという考え方です。
もちろん、実際に最後のページから作り始めるわけではありません。
ただ、企画書の流れを設計するときには、まず「最後にどんな理解にたどり着くのか」を考えるようにしています。
なぜなら、企画書とは単なる情報の集まりではなく、
読み手の理解の流れをつくるものだと思っているからです。
- 企画書は一枚目から作るものなのかという違和感から考える
- 「伏線」という視点で、資料の流れを見直してみる
- 納得はつくるものではなく、自然に生まれるものではないかと問い直す
この記事は、複数枚の企画書をどこから作るべきかという問いについて、セールスパーソンおよびビジネス指導者としての立場から、私自身の考えを整理し共有するものです。
最後の一枚から見えてくるもの
企画書の最後には、多くの場合「提案」や「まとめ」が置かれます。
しかし私にとって、そのページは単なる結論ではありません。
そこは、読み手がどのような理解にたどり着くのかを示す場所でもあります。
- この資料を読み終えたとき、相手はどんな景色を見ているだろうか
- どんな納得の仕方をしているだろうか
そんなことを考えていると、不思議と途中のページの意味が見えてきます。
なぜこの背景説明が必要なのか。
なぜこのデータを見せるのか。
なぜこの順番なのか。
それらはすべて、最後の理解に向かうための伏線として配置されていきます。
企画書は「伏線」でできているのかもしれない
私は、企画書はどこか物語に似ていると感じることがあります。
物語では、途中の出来事が後の展開につながります。
何気ない会話や出来事が、最後に「あれはこのためだったのか」と意味を持つことがあります。
企画書も、それに少し似ているのではないでしょうか。
途中のスライドが単なる情報ではなく、
最後の理解につながる伏線になっているとき、資料は一つの流れを持ちはじめます。
逆に、最初のページから順番に作っていくと、どうしても説明の積み重ねになりがちです。
「この説明も入れておこう」
「このデータもあった方がいいかもしれない」
そうしてページは増えていきますが、
読み手の理解がどこへ向かうのかは、少し曖昧になることもあります。
伏線という視点で企画書を見ると、途中の一枚一枚の役割が変わって見えてくるように感じています。
ただし、結論ありきの資料にはしたくない
ただし、ここで一つ気をつけたいことがあります。
最後の一枚から考えるという話をすると、どうしても
結論ありきの企画書を作ってしまいがちになることがあります。
つまり、最初から答えを決めておき、そこへ誘導するように資料を並べてしまうことです。
しかし、そのような資料にはどこか不自然さが残ります。
読み手は意外と、その違和感を感じ取るものです。
伏線とは、本来「誘導するための仕掛け」ではなく、
理解が自然に深まっていく配置であるべきではないかと思っています。
だから私は、最後の景色を思い描きながらも、
同時に自分自身に問いを投げるようにしています。
本当にこの流れは自然だろうか。
別の見方はないだろうか。
読み手は納得できるだろうか。
最後の一枚は、答えを押しつける場所ではなく、
理解が静かに着地する場所でありたいと思っています。
企画書作成とは「理解の流れ」を設計する仕事
企画書を作るという仕事は、情報を整理する作業のように見えるかもしれません。
しかし実際には、相手の理解の流れを設計する仕事なのではないかと感じています。
どこで疑問が生まれるのか。
どこで納得が生まれるのか。
どこで視点が変わるのか。
その流れを考えていくと、
途中のスライドは自然と「伏線」として置かれていきます。
そして、その伏線が静かにつながったとき、
最後の一枚は結論というより、自然な帰着点のように見えてきます。
だから私は今でも、企画書を作るとき、まずこんな問いから考えることが多いのです。
この資料を読み終えたとき、相手はどんな景色を見ているだろうか。
そしてその景色に向かう途中にどんな伏線を置くことができるだろうか。
企画書とは、一枚目から作るものなのでしょうか。
それとも、最後の景色から静かに設計していくものなのでしょうか。
そんな問いを、今も自分自身に投げ続けています。
まとめ
- 企画書は情報の羅列ではなく「理解の流れ」を設計するもの
- 最後の一枚を思い描くことで、途中のページが伏線として機能する
- ただし結論ありきの誘導型資料にならないよう注意が必要
併せて読みたい一冊
『考える技術・書く技術』バーバラ・ミント
ロジカルシンキングの古典とも言われる一冊ですが、「結論から考える」という構造の意味を静かに理解させてくれる本です。
企画書や文章が、単なる情報整理ではなく「理解の構造」であることに気づかされます。
もっと深めるためのメモ
「伏線」という言葉の解像度を上げてみる
- 企画書における「良い伏線」と「悪い伏線」の違いとは何か
- 伏線は意図して設計するものなのか、それとも結果的にそうなるものなのか
- 伏線が機能しているかどうかは、どこで判断できるのか
営業への接続を試みる
- 営業トークにおける伏線とは何か
- なぜトップセールスの話は「自然に納得してしまう」のか
- 初回面談30分の中に、どんな伏線が存在しているのか
「結論ありき」との対比を深めてみる
- なぜ人は結論ありきの資料を作ってしまうのか
- 「納得させる」と「納得してしまう」の違いは何か
- 良かれと思った説明が、なぜ相手の違和感になるのか
人間理解に寄せて考えてみる
- 人はどのようなときに「納得した」と感じるのか
- 理解とは、情報量で決まるのか、それとも流れで決まるのか
- 人が意思決定するとき、本当に起きていることは何か
自分自身への問いに戻してみる
- 自分はなぜ「伏線」という考え方に惹かれるのか
- 自分の営業スタイルは、どのような構造になっているのか
- 自分は相手に何を「理解してもらいたい」と思っているのか